• 飛鳥時代以降、日本の首都は現在の奈良県あたりに存在していたことが知られていますが、それ以前の時代は九州北部が帝(天皇)の住む都があったようです。私の中学生だった頃は「大和≒奈良県」と教わりましたが、飛鳥時代の律令制度によってそう定められる前はもっと広範囲だったようです。熊本県にはヤマト町があり、福岡県に京都がありますしね。<参考>万葉集から解き明かす古代史「神武は筑豊に東征した」(福永晋三)福永説... 続きを読む
  • 日本語と朝鮮語との比較動画↓日本語と韓国語ってどれくらい似ているの?(Langfocus-Youtube)超面白い。こういうことは本来高校生くらいの国語の時間の最初に「日本語の歴史」として教えるべきと思います。島・・・日本語:shima、朝鮮語:seom(섬;そむ)村・・・日本語:mura、朝鮮語:maeul(마을;まーうる)上・・・日本語:ue、朝鮮語:wiwe(위의;うぃえ)疑問終助詞・・・日本語:~か?、朝鮮語:~kka?(까;~っか?... 続きを読む
  • 砺波市埋蔵文化財センターへ行ってきました。2015年オープンでまだ新しい施設。「子どもにもわかりやすい展示」「いろいろな体験ができる」がテーマで明るい感じなのが良いですね。砺波市が推している「増山城」ファンが全国から訪れているとのこと。富山県を代表する縄文遺跡「松原遺跡」。縄文土器の文様とは、方言のようなもの。縄文人は山の上に多く住んでいた、とのこと。個人的には、河川の近くにも縄文人は住んでいたと思う... 続きを読む
  • 大正13年に出版された富山県内の神社一覧がまとめられた「富山県神社祭神御事歴」を使って、富山県内の市町村別に諏訪社の数を数えてみた。諏訪信仰とは、お諏訪様が北陸を統治していた弥生時代後期(3世紀後半か)、諏訪神人と呼ばれる遊行者によって広められた、といわれている。※ お諏訪様は出雲系の四隅突出型墳丘墓を築いた一族と考えられている。一方、砺波市、南砺市のあたりには弥生時代の遺跡がほとんど無い。【仮説】1. ... 続きを読む
  • 「越中の大昔(地形・アイヌ語)・間方徳松・1981年」を読んで気になった点をまとめてみます。(1) いわゆる「縄文人」と呼ばれる人々には2つの人種があるということが近年DNA遺伝子調査によってわかってきました。富山県には北の縄文人の居住していたようです。で、この「北の縄文人」は現代北海道に住むアイヌと同じ民族であったことがわかってきました。北海道には「~内」「~別」という地名が多くあります。河川、沢(小さな河... 続きを読む

toidegelato

弥生時代の北陸を統治したお諏訪様と諏訪信仰。北方系縄文人と南方系縄文人の違い。北陸における弥生時代のクニ、縄文から弥生への移行過程などに特に関心あり。