「小矢部」の地名の由来(小矢部市)

小矢部市の地名の由来。

この市名は、1962年(昭和37年)に石動町と砺中町が合併した際に両方の町を流れている小矢部川から採ったのでしょう。

で、「小矢部川」の川名の由来は小矢部村のそばを流れている川だから。

では、その「小矢部村」の村名の由来は?


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礪波郡小矢部村は丘の上にあった村。

"部"は北陸の縄文語で"川"の意味。"矢"とはおそらく"丘・岸"という意味(洞爺湖と同じ)。

川のすぐそばの丘は生活の便が良いので、縄文後期・末期にも縄文人が住んでいて、弥生人が進出してきたときに、そのまま地名に取り入れられたのではないでしょうか。

小矢部川もこの丘地で蛇行している。地形的にも納得できます。

小矢部村


ところで、小矢部市史に載っている福町諏訪社の写真がすごい。

小矢部市史にも諏訪社は長野県の諏訪大社とは関係が無い、
水の神様だと書かれてあります。

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北陸の諏訪信仰(巨木信仰)は、
お諏訪様がこの地を統治していた弥生後期(3世紀後半)のものです。

<リンク>
諏訪信仰と北陸の弥生時代



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コメント

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toidegelato

弥生時代の北陸を統治したお諏訪様と諏訪信仰。北方系縄文人と南方系縄文人の違い。北陸における弥生時代のクニ、縄文から弥生への移行過程などに特に関心あり。