「出雲と大和」特別展

出雲と大和展1

日本書紀成立1300年「出雲と大和」特別展(東京国立博物館)を見てきました。

弥生時代のもっと深い内容のものを期待していたのですが、実際は仏教伝来後の展示も多く、期待とは少し違っていました。もう少し日本書記から弥生時代の「出雲と大和」の姿に迫って欲しかった。


が、それなりに面白かった。

出雲が銅鐸、銅剣を捨て、四隅突出墓の上での祭祀を始めた話などは面白かった。

平安時代の出雲大社復元模型は、柱3本を束ねたところまで再現してほしかった。

# 3本を1本で表現した意味がわからない。
# そのほうがカッコイイと思ったのか。面倒だったのか。


「幽」と「顕」。

幽界を司るオクニヌシが「幽」、現世界を司る天皇が「顕」、とのこと。

中国発祥で日本に伝わった陰陽説の「陰」と「陽」とは違うのか?同じなのか?


出雲と大和展
(橋爪功さんの音声ガイド解説でした。)


特別展は撮影禁止でしたので、お隣「考古展示室」の写真を何枚か以下に載せて、自分用のメモとしておきます。

出雲と大和展のついで1

3世紀末、出雲vs大和の「国譲り」が行われる以前の墳墓分布。

北陸地方では大和 vs 出雲の息子であるお諏訪様(タケミナカタ)との戦いが行われましたが、
墳墓の形状から判断すると、関東地方は既に大和とよしみを通じていたようです。


出雲と大和展のついで古墳

古墳時代のこのような服装の模様は染め物だったのでしょうか。

出雲と大和展のついで古墳3

出雲と大和展のついで古墳2

古墳時代の服装は興味深いですね。

出雲と大和展のついで2

出雲と大和展のついで3



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コメント

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toidegelato

弥生時代の北陸を統治したお諏訪様と諏訪信仰。北方系縄文人と南方系縄文人の違い。北陸における弥生時代のクニ、縄文から弥生への移行過程などに特に関心あり。