オロチョン族が北陸の先住民?(ヤマタノオロチ伝説)

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ヤマタノオロチ伝説とは、
「北陸地方にあった8つのクニを大国主の祖先であるスサノオ(素戔男尊/素戔嗚尊/素戔烏尊)が平定した」
と解釈する説があります。(出雲国風土記「越の八口」平定、の記述)

<リンク>
ヤマタノオロチとは高句麗族のことだった!(田中直人)



ヤマタノオロチとは高句麗族(オロチョン族)ことなので「オロチ」らしい。

#「越中ふんどし」は「オリベふんどし」「オロッペふんどし」などとも呼ばれていたらしい。北陸の人は「オリ」とか「オロ」と呼ばれていたとのこと。

しかし、北方の狩猟民族であるオロチョン人が北陸に最初に稲作を持ち込んだ民族だとは考えにくい。

平安時代、日本海沿岸を略奪して回り、多くの日本人が奴隷にするために連れ去られた「刀伊の入寇」が、同じツングース系の女真族の仕業だったという例もあります。

農耕していた北陸弥生前期人の国々にオロチョン人が襲来し、襲って回った。それをスサノオが退治した、ということなのではないでしょうか。そのオロチョン人の首領が8人だったのではないでしょうか。


北陸地方の弥生時代について、これまでにわかってきたことをまとめると・・・、

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稲作文化を持った謎の人たちの定住(弥生時代前期)
※富山県には弥生前期の遺跡は少ない。福井県高志地方(福井平野一帯)が中心地か。
  ↓
(オロチョン人(高句麗人/ヤマタノオロチ)の襲来・福井県沿岸か)
  ↓
スサノオによる北陸平定
  ↓
姉倉姫・能登姫ら(出雲系女王)の時代(弥生時代中期)・・・方形周溝墓
  ↓
(越の大乱・大国主ら出雲人による再侵攻)
  ↓
お諏訪様の時代(弥生時代後期)・・・四隅突出型墳丘墓
  ↓
(国譲りの戦い・タケミカヅチらヤマト族の北陸侵攻)
  ↓
ヤマトの時代(古墳時代~)

・・・でしょうか。


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ちなみに、スサノオについては以下の動画(30分あたりから)が面白いです。

https://youtu.be/nFL33uoIm54

スサノオ最初の戦い


スサノオは、金や鉄を産出する天香山(あまのかぐやま/香春岳)を中心とする九州北部(福岡県香春町)を本拠地としていて、後から朝鮮半島から渡ってきたヤマト族(ニギハヤヒ/饒速日命)らと戦ったらしい。

最初の戦いは福岡県宗像地方の六ヶ岳。決戦場は天香山。スサノオはヤマト族に殺され、残った一族は出雲へ追い出されたとのこと。

スサノオ本貫地

夏羽(スサノオの子孫?)が焼き殺されたのは福岡県田川市夏吉にある鍾乳洞だったらしい。

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