多久比禮志神社(富山市塩)

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明治維新の際、この地域一帯・神通川左岸38ヶ村「宮川郷」の神社として社格は「郷社」だったそう。

ネット情報によればその後、式内社として比定され「多久比禮志神社」(たくひれし)へと名称を変更したらしい。

なぜここがこの神社が式内社へ比定されたのか、気になる。
近いうちに図書館で大沢野町史や大沢野町誌を読んで確認したい。
(年末なので図書館はお休みでした。)

「多久比禮(たくひれ)」とは、栲布(たくぬの)で作った領巾。樹木の繊維で作った布でつくった細長い薄布のことのよう。


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(コンクリート造りの拝殿に木製の梁や彫刻が組み込まれている珍しいつくり)

「鹽土老翁神」を祀られており、塩の泉(塩の湯温泉?)があったらしい。

本来は「塩」を祀っていたのになぜ「布(たくひれ)」を祀るようになったのか、
私、気になります。



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