• 明治維新の際、この地域一帯・神通川左岸38ヶ村「宮川郷」の神社として社格は「郷社」だったそう。ネット情報によればその後、式内社として比定され「多久比禮志神社」(たくひれし)へと名称を変更したらしい。なぜここがこの神社が式内社へ比定されたのか、気になる。近いうちに図書館で大沢野町史や大沢野町誌を読んで確認したい。(年末なので図書館はお休みでした。)「多久比禮(たくひれ)」とは、栲布(たくぬの)で作った... 続きを読む
  • 初めて二上射水神社に来てみました。ユネスコ無形文化遺産にも指定されている「高岡御車山祭」(毎年5/1開催)は、古代信仰が変化したものとも考えられるそうです。(諸説あるらしい)すぐ西側には「大杉神社」という神社があります。巨木を祀る諏訪信仰のほうが古い(弥生時代)信仰なので、二上射水神社のほうが後から建てられた神社かと思われます。それでも延喜式内社なので古代の建立でしょう。奈良時代頃に勢力を誇った射水... 続きを読む

toidegelato

弥生時代の北陸を統治したお諏訪様と諏訪信仰。北方系縄文人と南方系縄文人の違い。北陸における弥生時代のクニ、縄文から弥生への移行過程などに特に関心あり。