• 小矢部市の地名の由来。この市名は、1962年(昭和37年)に石動町と砺中町が合併した際に両方の町を流れている小矢部川から採ったのでしょう。で、「小矢部川」の川名の由来は小矢部村のそばを流れている川だから。では、その「小矢部村」の村名の由来は?礪波郡小矢部村は丘の上にあった村。"部"は北陸の縄文語で"川"の意味。"矢"とはおそらく"丘・岸"という意味(洞爺湖と同じ)。川のすぐそばの丘は生活の便が良いので、縄文後期... 続きを読む
  • 北陸の式内社でお諏訪様を祀るのは莵橋神社だけでしょうか。「弥生時代後期、出雲人の息子であるお諏訪様の拠点は小松にあったのではないか」ということで莵橋神社に行ってきました。この神社、もとは台地の上(得橋郷小野)にあったそう。飛鳥時代に加賀国府が設置されたあたりの場所です。弥生時代後期(3世紀後半)から飛鳥時代に国府が設置されるまで、そのあたりがずっと加賀地方の中心であったのかもしれません。加賀国府が... 続きを読む
  • 小松市埋蔵文化財センターへ行ってきました。あの有名な日本最古(東アジア最古)の「柄付き鉄製鉋」です。八日市地方遺跡(JR小松駅付近)から出土。紀元前350年頃のもののようです。近年、弥生時代の定義が揺らいでいるようです。(本格的ではないが縄文人も稲作を行っていたため)ということで、弥生人の特徴である環濠集落(八日市地方遺跡)が見られるようになる「紀元前350年頃から紀元前50年(BC350~BC50)」が北陸地方に... 続きを読む
  • 河内王陵墓(勾金陵墓)参考地「畝傍山東北稜」に葬られたとされる神武天皇万葉集には、飛鳥時代からみて大昔にあたる弥生~古墳時代のことを詠んだ歌が混ざっていて、福永晋三氏の仮説によれば・畝傍山 = 香春岳一ノ岳・天香久山 = 香春岳三ノ岳である可能性があるとのこと。で、香春岳一ノ岳(=畝傍山)の東北には、「勾金(おおきん)さん」と呼ばれる弥生時代の円墳がある。「勾金」は当て字。「おほきみ(=大皇・大君)... 続きを読む
  • 宮原遺跡(福岡県香春町)黄金の耳飾りや東漢時代の中国で制作された銅鏡「長宜子孫 内行花文鏡」などが出土した場所です。「長宜子孫」内行花文鏡私有地内にあり普段は入ることはできませんが、歴史に関心ある親切な地元のかたに案内していただきました。ありがとうございました。ご主人が子供の頃、それが貴重なものだとは知らずに庭にあった銅鏡で遊んでいたそうです。出土品は香春町歴史資料館にあるとのこと。この場所を中心... 続きを読む

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弥生時代の北陸を統治したお諏訪様と諏訪信仰。北方系縄文人と南方系縄文人の違い。北陸における弥生時代のクニ、縄文から弥生への移行過程などに特に関心あり。