• 小松市で加賀国府推定地巡りをしてきました。加賀国総社・石部神社(いそべじんじゃ)縁起によれば加賀国府がこの地に置かれる以前からの神社とのこと御祭神は櫛日方別命(クシミカタノミコト)で出雲系。弥生時代後期(3世紀後半頃)、何かがこの地であったのではないでしょうか。小松市街にある莵橋神社(おすわさん)の御由緒書によれば元々、莵橋神社は能美郡得橋郷小野村に鎮座地していて旧社地は「大橋の宮」と呼ばれたとのこと... 続きを読む
  • お諏訪様のお墓はどこなのか、また3世紀末の国譲りの戦いの痕跡を探るため、諏訪大社4社巡りと諏訪市博物館へ行ってきました。結論としては・・・わかりませんでした。感覚的には「下社」より「上社」のほうが由緒あるような気がしました。富山県にある多くの諏訪社でもそうですが、普通の諏訪社には本殿はありません。代わりに御神木としての杉の木があり、神石があるのが弥生時代からの本来の信仰のカタチかと推測しています。(... 続きを読む
  • 洩矢神社弥生時代(3世紀末)、出雲に属する北陸地方を統治していたといわれているお諏訪様が国譲りの戦いで敗走し今の長野県へ逃れた際の痕跡とされる洩矢神社(モリヤ)と藤島神社へ行ってきました。(いずれも長野県岡谷市)ネットで調べる限り、諏訪湖の東・南側である下諏訪町、諏訪市、茅野市には弥生時代の遺跡は少ない一方、諏訪湖の北側には、多くの弥生時代遺跡があるよう。3世紀末頃には諏訪湖北部に稲作文化を持った人た... 続きを読む
  • 2022年、初詣で越中一宮・高瀬神社に参拝して参りました。高瀬神社(2022.01.01)高瀬神社の御祭神は大國主・この神社周辺が弥生時代の出雲勢力の進出拠点だったのか・石川県側から砺波山を越えてこの地に拠点を構えたのか・・・と漠然と思っていました。が、実際に出土している弥生時代の遺跡や、弥生時代の北陸を統治していた御諏訪様に関連すると考えられる諏訪社の分布が氷見~高岡~小矢部に偏って分布しています。そして、砺... 続きを読む
  • 最近、"大国主"とは1人ではなく出雲勢力の代々の首長を表している、という説を聞きました。それはあり得るかもしれないと思います。さて、糸魚川市にある越後国一宮・天津神社&奴奈川神社に来ました。天津神社越後国にも一宮を名乗る神社が複数ありますが、大国主の北陸進出伝説を縁起に持つこちらの神社が最も由緒あるようです。北陸地方に稲作文化が広まった弥生時代中期は、「紀元前350年頃から紀元前50年(BC350~BC50)」と... 続きを読む

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弥生時代の北陸を統治したお諏訪様と諏訪信仰。北方系縄文人と南方系縄文人の違い。北陸における弥生時代のクニ、縄文から弥生への移行過程などに特に関心あり。